これは、間違いなく『ギヴァー』のテーマの一つだと思います。
ギヴァーのコミュニティーは、近未来の社会は描いていると思います。
良かれと思っていろいろしたことが、結果的にそうはなっていない・・・・
似たようなことを、身近に体験したので紹介します。
一つは日々の暮らしに不可欠な給湯器を昨日替えました。
19年以上ももったのですが、寒いと自動的に停止してしまうので、いよいよ寿命と思って取り替えました。
いろいろな機能が追加されているのはいいのですが、工事をしてくれた人に、「これじゃ、19年はもちませんね?」と尋ねたところ、「はい、いいところ、10年です」という答えが戻ってきました。
生産者も、シンプルで壊れにくいのでは、儲からないので、機能を豪華にして(私が思うに、ほとんど必要ないものばかりなのですが!)、早く壊れて交換してもらうようにしたとしか思えませんでした。
もう一つは、翻訳出版には仲介をするエージェントというのが欠かせません。昔、洋書が手に入りにくい時代なら、こういうのが存在するのも致し方ないのかな、と思いますが、いまやクリック一つですぐに読める時代です。日本の出版社にも、英語でコミュニケーションがとれるスタッフは増えており、そういう仲介者の世話にならなくとも、直に版権をもっている相手の出版社(ないし出版社が使っているエージェント)とやり取りができる時代です(メールや電話で)。
しかし、そんな時代であるにもかかわらず、一方で「アウト・ソーシング」の方がいいということもあり、3か月、4か月とその仲介エージェントの返事がないというだけで、プロジェクトは止まったままということが、いま続いています。
そういう真っ只中にいる編集者を含めたスタッフたちは、自分が極めておかしな状況の中にいるということを気づけないようです。
皆さんが体験している「進化か、退化か」の事例を教えてください。