ローズマリーは、ジョナスの前にレシーヴァーに選ばれた人(少女)でした。
ギヴァー以外のコミュニティの住民にとって、ローズマリーは「名前は口にしてはいけないし、その名前をニュー・チャイルドに与えてもいけない」(94ページ)存在です。
口にしてはいけないとは、最大級の不名誉を意味するのです。
してはいけないことをして、解放された者に与えられる屈辱です。
でも、ジョナスの両親も含めて一般の人にとって、「それきり彼女の姿を見ていないんだ」でお茶を濁す存在でもあります。(94ページ)
しかしギヴァーにとって、ローズマリーはかけがえのない存在です。
「ここでの仕事が完了したら、娘といっしょにいてやりたいんだよ」(228ページ)と言うぐらいの。
ローズマリーは、ギヴァーから孤独感、喪失感、貧困、飢餓、恐怖など様々な苦しみの記憶を注がれたことで、自分から解放を申請し、そして自分自身で注射をして死にました。(198、199、212ページ) そのことが、ジョナスの規則に「解放の申請をしてはならない」(96ページ)という項目が含まれる理由になっています。
ギヴァーがジョナスに言った「娘といっしょにいてやりたいんだよ」とはどういう意味でしょうか?
この辺のことは、昨日紹介したリチャード・ポール・エヴァンズの『クリスマス・ボックス』の続編である『天使がくれた時計』や『最後の手紙』などと似ているかなと思ったりしましたがどうでしょうか?
『天使がくれた時計』の中の時計にまつわる抜書き:
返信削除「時計はおかしな発明品だ。歯車と装置は絶え間なく動きつづけているのに、何も成しとげない。水を汲み上げるポンプや綿繰り機なんかは何かの役に立っているというのに。時計は考えもせず意味もなくただ動くだけ ~ なんらかの意味を与えないかぎり役に立たない。ぼくの人生もそうだった。何も考えないで動いていた。だけど、そうするしかなかったんだ。きみがぼくの動きに意味を与えてくれた。」(102ページ)
時を引きもどすというのは聖書の中でも奇跡として書かれている(125ページ)
古い時計は、わたしたちよりもずっとあとまで生きつづけることだろう。何世代も前から生きつづけていたように。なぜなら、歯車やレバーといった機械類の動きの中に時があるからだ。すべての人間的なものより長く生きつづける時が。しかしわたしは心の奥底で、ちょっとちがうのではないか、という気がした。というのも、人間にはつきることのない愛というものがあると思うからだ。(233ページ)