変わろう、野球
筒香が、少年野球を含めた日本球界の在り方に疑問を抱き始めたのは、2015年オフに訪れたドミニカ共和国での影響が大きい。その前年にも、以前から耳にしていた現地の様子を自分の目で見てみたいと思い立ち、現地に1週間ほど滞在。2015年には晴れてDeNAの許可も下り、ウインターリーグへの正式参加が実現した。約1か月を過ごしたカリブ海の小島で、現地の選手が伸び伸びと勝負を楽しむ姿にショックを覚えた。
「みんな野球が好きで好きでたまらないって言うんです。本当に楽しそうにプレーするし、雨で試合が中止になると本気で悔しがる。日本では試合や練習がなくなると、みんな大喜びするのに、この差は何なんだろうって思いました。
「日本では、監督やコーチが子ども達を怒るのは当たり前。教えたことをやらなかったり失敗したりすれば怒鳴り散らすから、子どもはみんな大人の顔色を窺いながら野球をしている。だから、野球教室に行っても、自分から前に出てくる子って少ないんですよ。それが、ドミニカでは正反対。子ども達が失敗しても、監督やコーチは『また次頑張ろう』って声を掛けるし、いい点を見つけて褒めている。それはみんな『次こそホームラン打ったろ』って、やる気出しますよね」
「僕は常に、自分を客観的に見る目を持つようにしています。もう1人の自分が、少し離れた場所から見ている感じ。気持ちが入り込みすぎて視野が狭くなることもある。状態を崩している時は、大概『これが、これが』と思い込みすぎていますね」
子ども達が持つ才能が大きく開花するようにと思って始めたはずなのに、いつの間にか指導者の思い入れが強くなり、子ども達が怒られないように大人の顔色を窺いながら野球をするようになっていないだろうか。いいと思っていた指導が、実は子ども達の将来を危ぶむものになっていないだろうか。主役はプレーする選手=子ども達であり、監督やコーチ=大人ではない。
この辺については、『遊びが学びに欠かせないわけ』に詳しく書かれています。
プロになれるのは実は1%もいませんから、筒香選手が書いているように指導の目標がどこにあるのかも問われています。その意味では、『遊びが学びに欠かせないわけ』にあるように、コーチや大人の存在なしの、草野球的な方が、社会的スキルやライフスキルを身につけるためにもはるかにいいわけです。
ギヴァーのコミュニティーは、日本に近いのだろうか? それとも、ドミニカに近いのだろうか、とも考えてしまいます。戦争ごっこをしていたところは描かれていました。競争を煽るような競技は、子どもの数の少なさもあって、あまり行われてはいない感じです。
子どもの遊びに関する絵本でおすすめなのは、私が大好きな作家の『ウェズレーの国』です。
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