久しぶりの「関連のある本」です。
その本とは、レイ・ブラッドベリ著の『華氏451度』。
これは、私が前から「そうだ」と薄っすらは感じていて、本も借りてはきたのですが、残念ながら読めなかった本です。でも、その映画版を先週観て、やはり関連がありそうだ、ということで、本も読んでいるし、それをテーマにして行われた今年の「ヨコハマ トリエンナーレ 2014」にも行って、大きな刺激を受けていた協力者の伊賀さんに2冊の本の関連を書いてもらいました。今回は、その1です。
『華氏451度』の主な登場人物
モンターグ : <火トカゲ>という本を焼く仕事(焚書仕事)をしている。
クラリス : 隣の家の少女。「反社会的存在」として殺されてしまう。
ビーティ署長 : <火トカゲ>の署長。
ミルドレッド : モンターグの妻。あらゆる物事をすぐに忘れてしまう。睡眠薬を常用している。
フェイバー : 1年前にモンターグと公園で遭遇。元英語教師。
グレンジャー : 「反社会的存在」と言われぬように浮浪者のように移民として暮らす。
【背景・状況】
書物を所持することは、大罪。
書物は残らず焼く<火トカゲ>とよばれる焚書仕事が、役所にある。
書物は残らず焼く<火トカゲ>とよばれる焚書仕事が、役所にある。
車をゆっくり走らせたり、徒歩で移動すると、刑務所に入れられてしまう。
<海の貝>と呼ばれるラジオの様なものを耳にはめる。
<海の貝>からは、様々な情報が流される。
テレビや映画はだいたいどの作品も、始めから終わりまでで5分程度。
① 人々に考えさせない世界
私の記憶では、『ギヴァー』は人々が苦悩や苦痛を味合わないよう、排除を重ね、理想郷を確立していたと思います。その排除に排除を重ねた世界は、人々から「思考」をも奪っていたと思います。『華氏451度』では、「人々に考えさせない」ために、書物を焼き、中身のない情報を常に発信・受信し、スピードを重視した世界をつくっています。
そして、その世界は両作品とも、誰か強力な一人の為政者の手によるものではなく、そのコミュニティの大多数の人間の意向でつくられた、というところにその根深さと脅威があります。さらに、そこが、根底に流れるメッセージの一つのような気もします。そしてそれは、身近な自分たちの世界と類似しているような…
<メルマガからの続き>
<メルマガからの続き>
【教育】 クラリスの言葉より
(「どうして学校に行かないんだい?」というモンターグの問いに対して)
「あたしたち、質問することがないのよ。ほとんどの生徒がしないわ。教師は生徒に向かってしゃべるだけ。あたしたちは四時間以上も、そこにすわっているだけ。なにしろ、教師はフィルムですもの。…ジョウゴがたくさんあって、上から水をどんどん注ぎこむ。それが、そのまま、底から流れ出てしまうようなものよ。…一日の授業が終わるころには、あたしたち、くたくたになってしまうわ。何をする気力もなくなっているのよ。…」
【メディア】 ビーティ署長の言葉より
「…二十世紀の初期になって、映画が出現した。続いて、ラジオ、テレビ、こういった新発明が、大衆の心をつかんだ。…そして、大衆の心をつかむことは、必然的に単純化につながらざるを得なかった。… 映画、ラジオ、雑誌の反乱。そしてその結果、書物はプディングの規格みたいに、可能な限り、低いレベルへ内容を落とさねばならなくなった。わかるかね。…
本だって、それにつれて短縮され、どれもこれも簡約版。ダイジェストとタブロイド版ばかり。全ては煮詰まって、ギャグの一句になり、簡単に結末に達す る。…映画だって、いよいよスピードアップだ。わかるか、モンターグ。これだってスピード第一なんだ。カチッ!ほら、映った。早く見ないと消えてしまう
ぞ!あれだ!カチッ!ほら、大急ぎで!ペースは速い。上だ、下だ!内だ、外だ!なぜ、どうやって、なにを、どこで?え?おお!バン!パチッ!ドン!…なん なら見出しだけにしておくか。どうせ、みんな消えてなくなることだ!人間の思考なんて、出版業界、映画界、放送業界―そんな社会の操る手のままにふりまわされる。…」
【コミュニティの意向】 ビーティ署長の言葉より
(「ぼくたちの焚書の仕事はいつ始まり、どうなったか」というモンターグの問いに対して)
「わかるだろうな、モンターグ?これは決して、政府が命令を下したわけじゃないんだぜ。布告もしなければ、命令もしない。検閲制度があったわけでもない。そんな工作は何一つしなかった!工業技術の発達、大衆の啓蒙、それに少数派への強要と、以上の三者を有効に使って、このトリックをやってのけたのだ。…人間は、憲法に書いてあるように、自由平等に生まれてくるものじゃない。それでいて、結局は平等にさせられてしまう。誰もが他のものと同じ形をとって、初めてみんなが幸福になれるのだ。高い山がポツンと一つそびえていたんでは、大多数の人間が怖気づく。嫌でも自分の小ささを味わわなければならんことになる。といったわけで、書物などという代物があると、隣の家に、装弾された銃があるみたいな気持ちにさせられる。そこで、焼き捨てることになるのだ。銃から弾を抜き取るんだ。考える人間なんか存在させてはならん。本を読む人間は、いつ、どのようなことを考え出すかわからんからだ。…」
【中身のない情報発信・受信】 クラリスの言葉より
「あたしはときどき、お家を忍び出て、地下鉄の中で、みんなの話を聞くことにしてるの。…どんなことをしゃべっているのか、あんた、知っていて?」
モンターグ「何を?」
「みんな結局は、何の話もしていないのと同じなのよ。」
モンターグ「そんなばかなことが!」
「ところが、そうなの。…いろんな車、いろんな着物、でなければ、水泳プールの名なんか、むやみにならべたてるけど、つまりはそれが素晴らしいというだけよ。誰のしゃべっていることも、全然変わりがないの。みんな、同じことばかりだわ。… あんた、美術館へ行ったことがあって?あそこも抽象画ばかり並んでいるわね。今ではそれが全部だけど、あたしの叔父の話だと、むかしはまるで、違ったもの
が並んでいたそうよ。もののかたちを描いたものがあったんだって。中には、人間の姿を写していたものもあったそうよ。」
【中身のない情報発信・受信】 モンターグが列車に乗った時
聖書の内容を記憶しようともがくモンターグ…
’できるだけはやく読めば、いくらかの砂が、ふるいのうちに、残るのではないか。だが、いくら夢中で読んでも、言葉がすべて、彼の頭から滑り落ちていった。あと数時間もすれば、ビーティが、姿を現す。そのときはこれを、彼の手元に差し出さなければならない。…どの句も、取り逃がすわけにはいかぬ。どの行も、記憶のうちに残されなければならない。何とかしてやってのけたいものだ!…トランペットが吹き鳴らされ、広告放送が流れてきた。
―デナムの歯磨
彼らは労せず―
―デナムの
地の百合を想え―うるさいぞ!やめないか!
―歯磨!
…デナム歯磨の広告放送がいよいよ声を大きくして、今まで腰を降ろしていた乗客たちは、そのリズムに合わせて、足を踏み鳴らしている。デナム歯磨、デナ
ム歯磨、歯磨、歯磨、歯磨。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。誰の口元も、デナム歯磨の発音通りに、わずかではあるが、動いている。数十トンとも思われる音響を、モンターグの頭上に浴びせかける。…’
ヨコハマ トリエンナーレ 2014
『世界受信機』イザ・ゲンツケン
「まるで、触角のように突き出た2本のアンテナで、あちこちから発信される声なき声を受信し、拾い集める≪世界受信機≫。硬いコンクリートという物言わ ぬ物質の中に、膨大な情報のエネルギーを蓄え、沈黙が持つ重みや深さについて、私たちに内省を促す装置でもある。」 森村㤗昌