★本ブログへのご意見・ご感想などは giverprojectjapan@gmail.com までどうぞ。


2014年12月28日日曜日

脱藩者としてのジョナス

『日本文化へのまなざし ~ 司馬遼太郎記念講演会より』の中で、山折哲雄さんは「脱藩の思想と現代」というタイトルで章を書いています。というか、講演会で話されたようです。焦点を当てていたのは、『菜の花の沖』の主人公の高田屋嘉兵衛です。

山折さんは、高田屋嘉兵衛を内部告白者の先駆者と捉えていて、「いじめを考えるということが、日本の社会の本質を考えることにつながり、日本の社会を形成してきた組織の原理そのものの基盤を考えることにつながるのではないか...これから内部告発者たちが新しい創造的なエネルギーを噴出させて脱藩すること。そのことによってしか、社会の変革はもたらされないのかもしれません」と言い切っています。

これって、『ギヴァー』の中のジョナスの役割そのものと思えませんか?

山折さんは、『菜の花の沖』という作品の中で、その大切さを予言的に問題提起していた司馬さんはすごい、と言っています(192~219ページ)。

2014年12月27日土曜日

ヘンリー・デイヴィッド・ソローの『森の生活』



『ウォルデン』の中にも、飼いならす・飼いならされるが散りばめられているようです。

「わたしはいつも、人間が家畜のもちぬしであるよりも家畜の方が人間の主人であり、家畜の方がずっとより自由であると考えている」

人間の道具が人間を支配しているという発言が、いろんな形で繰り返されている。
「人はその道具の道具になってしまった」
「われわれが鉄道に乗るのではない。鉄道がわれわれのうえに乗るのだ」

そして、こんなふうにも書いていたそうです。
「われわれはメイン州からテキサス州に電信を架設しようと大いに急いでいる。けれどもメインとテキサスとは通信すべき何の重要事ももたないかもしれない。(中略)われわれは大西洋の底をうがって旧世界を数週間だけ新世界に近づけようと躍起になっている。しかし、ゾウのようなアメリカ人の耳に入るニュースは、どうでもいいようなアデレード王女が百日咳にかかったということかもしれない」

ここに述べられていることと、Eメールや携帯電話は同じようなものです。私は携帯電話があってもEメールがあっても、中毒になるに違いないと思います。中毒向きの性質ですから。

 以上は、『日本文化へのまなざし ~ 司馬遼太郎記念講演会より』の中で、エドワード・サイデンステッカーさんが書いていることでした(102~9ページ)。


★ 『森の生活』 =『ウォルデン』読まなくっちゃ!!  これまで何回か、日本語訳に挑戦しましたが、ことごとく挫折してしまったので、今度は原書で挑戦してみようと思います。

2014年12月17日水曜日

谷川俊太郎さんの詩



谷川俊太郎さんにとっても、人間の一番の友だちは、ここまで書かせる存在のようです。

犬に

人のより
おまえの瞳を僕は好きだ

ほんとにきれいな無邪気さが
僕の気持を甘えさせる

無限の純粋が
僕にとっては神に等しい

(犬の瞳に音楽のあふれ
泉の如く音楽のあふれ)

人のより
犬の瞳を僕は好きだ

かなしみの時に
犬よ
おまえの瞳に
僕はなきたい

  『みんなの谷川俊太郎詩集』(角川春樹事務所)より

2014年12月14日日曜日

川崎洋さんの詩



引き続き、「飼いならす」のテーマで詩人たちの作品の紹介です。


『川崎 詩集』(ハルキ文庫)から・・・・

 動物たちの恐しい夢のなかに

 犬も
 馬も
 夢をみるらしい

 動物たちの
 恐しい夢のなかに
 人間がいませんように

2014年12月10日水曜日

まどさんの詩

まどみちおさんが、これまで数回の隠れた(?)テーマだった「飼いならす」で詩を書いていたのを見つけました。『まどみちお詩集』井坂洋子編解説、ハルキ文庫の中の134ページです。

喜んでいるのだろう
             
              犬は喜んでいるのだろう
              自分がちょうど犬くらいに
              犬にして貰えていることだけは

              雀も喜んでいるのだろう
              自分がちょうど雀くらいに
              雀にして貰えていることだけは

              ヘビもアリもタンポポもスミレも
              みんなめいめいに喜んでいるのだろう
              自分がちょうど自分くらいに
              自分にして貰えていることだけは

              で 人間は
              もちろん きみも
              喜んでいるのであってくれますように!
              自分がちょうど人間くらいに
              人間にして貰えていることを

              そして そのうえに
              犬も雀もヘビもアリもタンポポもスミレも
   そのほかのどんな生き物でもが
              みんな ちょうどその生き物くらいに
              その生き物にして貰えていることをまでも

2014年12月2日火曜日

『星の王子さま』



『星の王子さま』のハイライトの一つは、キツネの発言の「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」ですが、この前後の王子様とキツネのやりとりのテーマは、「飼いならす」でした(21章)。過去5~6回の犬をテーマにしたブック・プロジェクトのテーマの。

しかし、日本語版の翻訳は、子どもを意識し(すぎ)ているのか、原語とは違う形で訳されています。(いいことなのか、悪いことなのか??? 訳文としては、いいと捉えるべきでしょうか? それも、主な読者を子どもたちに設定したときは? しかし、大人も読者に含めると・・・?)

キツネは「あんたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんなは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんなにとって、かけがえのないものになるんだよ」と言いました。

そしてこの後は、訳者の内藤濯さん、「飼いならす」をほとんど「仲良くなる」や「友だちになる」と訳します。

しかし、キツネは仲良くや友だちのレベルでは捉えていません。そして、こう言います。

「自分のものにしてしまったこと(本当は、「飼いならしてしまったもの」?)でなけりゃ、なんにもわかりゃしないよ。人間ってやつぁ、いまじゃ、もうなにもわかるひまがないんだ。あきんどの店で、できあいの品物を買ってるんだがね。友だちをうりものにしているあきんどなんて、ありゃしないんだから、人間のやつ、いまじゃ、友だちなんかもってやしないんだ。あんたが友だちがほしいんなら、おれと仲よくするんだな(本当は、飼いならすんだな、です)」

そして、この関係は、バラと王子さまとの関係にも言えると。

ウ~ン、「飼いならす」と「友だちに(仲良く)なる」との関係というか、違い、わかりましたか??

2014年11月29日土曜日

『ゾウがすすり泣くとき』



 犬をテーマにしたブック・プロジェクトの発端を思い出しました。
 最初に紹介した『ヒトはイヌのおかげで人間になった』を書いたジェフリー・マッソンの『ゾウがすすり泣くとき ~ 動物たちの豊かな感情世界』を読んだのがきっかけでした。あまりにおもしろかったので、彼のほかの本も読んでみたのです。

 それでは、その『ゾウがすすり泣くとき ~ 動物たちの豊かな感情世界』のメモです。(そういえば、ジョナスの妹のリリー専用の動物ぬいぐるみがゾウだったような記憶があります。そういえば、本物とぬいぐるみなどの偽物では、過去に何回か書き込みをしました。

22~24  ★

48 感情は比類なき精神力を持つ人間だけのものという固定観念

58 ローレンツはガンの姿勢、ジェスチャー、鳴き声などで、勝利感、不安感、緊張、うれしさ、悲しさ、警戒心、リラックス、威嚇といったちがいを見分けている。
  要するに、ガンでもほかの動物でも、実はみな小刻みに絶えず変化する感情のかたまりであるかもしれないのだ。・・・慣れさえすれば読めるものなのかもしれない。私たちにその力がないのは、無知や興味のなさ・・・または人間中心の偏見に凝り固まり、あたかも神の意思によるものかのごとく自分たちはちがうと思い込んでいるせいで、あるかもしれない共通点が見えないだけなのかもしれない。もし同じ仲間だとしたら、こちらは支配者となれないではないか。

123 人間は ~ 実は自身も社会性霊長類の一種にすぎないのだが ~ 愛の何たるかを知っているつもりでいるし、たいへん尊いものだと考えている。けれども多くの学者によると、愛は感情ではない。彼らは愛は「動因」、つまり上と同じように、何らかの行動を引きおこすために必要な内的状態だと考えている。
  感情、動因、いずれの名で呼ぶにしても、科学の世界では、それを動物に認めること ~ 動物たちも愛すると考えることは、まず禁じられている。 特に、行動主義学者たち

184 「学習による絶望感」 = 教師たちの指導案/研究授業/研究発表
      以前の経験で絶望する癖が身についてしまうこと。
      ちなみに、犬への実験の場合、2,3日するとすぐに元に戻るが、回避不可能な電気ショックの実験を週に4回受けた犬は、いつまでたっても「学習による絶望感」を克服することができなかった。 = 鬱状態
      教師たちの枠の中で元気を作り出そうという試みは、小泉劇場で一時的に、自民党の元気を作り出した小泉純一郎氏のアプローチに似ている。自民党崩壊を、ちょっと先に延ばしただけ。一度は崩壊を経験しないと変われなかったのに。もちろん、崩壊経験後、どこまで変われているかは、かなり疑問。単に、他政党がふがいないだけなので!!!

198 理論学者たちは、人間の喜びとは何かについて、その定義をもとめ、「神経刺激の急速な減少」から「特に喜びや善を目的とはせずにおこなった創造的な、または社会的に有益な活動によってもたらされるもの」まで、さまざまな表現を用いて原因の分析を試みてきた。しかし動物における喜びの可能性となると、こうした学者たちのあいだでは無視されがちである。
  犬や猫を飼ったことのある人ならば、ひとつも疑問には思わないだろう。動物も幸せを感じることがある。見るからにうれしそうな様子を眺め、その喜びを分かち合えるからこそ、人はペットを飼うのだといっても過言ではない。・・・ペットのおかげで、見ているほうも楽しい気持ちになれる。餌を前にした猫や散歩を待つ犬のように恍惚として喜びをあらわにする人間は、めったにいない。

230 遊び  ★

232 動物たちの残忍性、野蛮性、攻撃性。 人間の残忍性、野蛮性、攻撃性。 ★

2014年11月28日金曜日

『マールのドア』



内容的には、今回の犬をテーマにしたブック・プロジェクトの中で、テッド・ケラソテ著のこの本が一番濃かったかもしれません。
マールは、野良犬だったのですが、とても自立した利口なリーダー犬だったのです。
前回のマーリーが、あまりにもバカな犬だったのとは対照的に。
★は、pdfでコピーをとったページ数です。

58~59  ★
78 ★
82 ★

85 それ以降、少なくとも道路では、ぼくは2度と「つけ」を命じなかった。彼は生涯ずっと事故に遭うことなく、そうして周辺の道を歩いた。けれど自然の中では、彼は自分の鼻とぼくの目に頼る。まるでちがう戦略を編みだした。そのようすを見ていると、おそらく犬と人間とがすばらしいチームになれると最初に気づいたのは、人間ではなく犬だったのだろうと、ぼくは思った。

160 幼い頃の体験の影響の大きさ!!

  犬の行動を研究しているパトリシア・マッコンネル博士は、「私が目にする犬の問題行動の大半は、退屈することに原因があります。皮肉なことに、問題を解消しようとして犬をやたらとかまって、自由に走らせてやらないでいると、問題はよけいに悪化します」と語っている。・・・ぼくはマールの世話を焼かず、好きにさせた。その結果、マールは手に負えない犬ではなく、自立した犬に育った。 ~ 著者と出会うまでの幼犬時代の体験も大きい。 依存から学んでしまうと、自立は難しい。何でもしてくれるのが当然の幼犬時代を送ってしまっては。

220 ★  犬と人間の会話は可能!!!
234 ★

2014年11月27日木曜日

『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』



ジョン・グローガン著のこの本は、映画にもなっているようです。
タイトルからもわかるように、おもしろさでは抜群です。
でも、内容は、以下のコピーですべて言い表わされている感じです。(コピーをクリックすると拡大します。
 

2014年11月26日水曜日

『あなたの犬は「天才」だ』



犬のブック・プロジェクトの第3弾です。

ブライアン・ヘア&ヴァネッサ・ウッズ著のこの本でも、人間が犬を家畜化したことよりも、人間が犬に家畜化されたことによる影響の方が大きいと見ています。

30 天才の2つの基準
1.同種の、あるいは近縁の種の他者とくらべて高度な知的スキル
2.自発的に推理する能力

 北極圏と南極圏を行き来するキョクアジサシ ~ 天才的な方向感覚
 クジラは巧みに協力して魚を獲る。
 ミツバチはダンスで仲間に蜜の在りかを教える

 天才とはつねに相対的なものだ。特定のタイプの問題を解決するのが他人よりも上手なために、天才と呼ばれる人々がいる。

114 自らを家畜化する
  人間に友好的なキツネを繁殖させた結果、偶然にももっとも賢いキツネが生まれた。
  このことから、キツネの例と同じように、人間の意図的な介入や管理なしに、自然選択がオオカミを最初の原始的な犬に変えた可能性に思い至った。
116 人間がオオカミを家畜化したのではない。オオカミが自分で家畜化されたのである。最初の犬は、人間によって選択されたのでも繁殖されたのでもなく、自然選択によって生まれた。

140 人間は自己を家畜化したか?
142 寛容と協力 → さらなる社会的能力を高め、繁殖する能力も高める
  自己家畜化は協力と意思伝達の新しい形を爆発的に広め、それによって人間の歴史は根本的に変化したのだ。

147 オーストラリア国立大学のコリン・ブローヴズ教授は、犬が人間を家畜化したのだと主張している。
 「犬は人間の警告システムであり、追跡や狩猟の助手、残飯処理係、湯たんぽ、子守や遊び相手となった。人間は犬に食料と安全を与えた・・・・人間が犬を家畜化し、犬が人間を家畜化したのだ

211 オオカミおよび犬の協力的行動の比較の表 ★

2014年11月25日火曜日

『犬の愛に嘘はない』



上記のタイトルは、昨夜と同じジェフリー・マッソンの本です。
犬のブック・プロジェクトの続きです。
左の数字は、ページ数です。

23 犬は私以上に感情豊かな生き物だとの結論に達した。彼らより多くものを、より純粋に、より深く感じている。それにひきかえ、人間の感情世界は、意図的であるにせよないにせよ、ごまかしや二面性や欺瞞などによって曖昧なものとなっている。なぜ人間の感情が犬と比較してこれほど抑制されているのかを探究することによって、犬のように率直で、正直で、素直で、そして強い感情を学びとることができるかもしれない。

28 犬だけが人間の思考を詠みとることができ、「私たちの表情や気分のちょっとした変化に反応することができる」。 ~ 他にもよみとってくれる動物はいる気がしますが・・・

36 犬が人間を選んだ・・・単に犬が私たちを愛するからである。(その理由は)一緒にいると楽しいからだ。何と驚くべきことだろう!
   犬は神でもない人間を、あたかも神になった気分にさせてくれる。

53 犬は感情を偽れないから、どう感じているか嘘はつけない。
  「犬は徹底的に誠実だ。装うことなどできない・・・人間は誠実を装ってあなたを利用するが、犬は選択の余地がないがゆえにひたすら正直にあなたを利用する。彼らの魂には一オンスの偽りもなく、そのうえそれをまったく意識していない」

94 犬は単に個々の感情を体験する(たとえば、悲しみを感じる)のではなく、完全な感情の世界に暮らしている。犬は感情そのものだとさえいるだろう。もし人間が何を考えるかで特徴づけられるとするなら、犬は何を感じるかで特徴づけられる。

95 においの記憶

185 オオカミは犬のようにふるまうことがあるが、その逆はありえない。
    犬にとっては人間が世界のすべてだ。必要なものがあれば、人間から得る。オオカミは注意深く気を配り、集中力を維持せねばならない。犬は学び、従い、真似をするが、オオカミは洞察力を備える。

186 「進化は犬の問題解決能力を研ぎ澄ますことなく、人間の心を読む能力だけを発達させた」

188 犬の尾を振る動作は誕生後のごく早い時期にはじまり、死ぬまで継続されるということを心に留めておくべきだ。「尾を振る行動はまさに社会的な機能であり、あらゆる点から判断して、人間の微笑みと似ている」

  犬の愛すべき性質の多くはオオカミにも見られる。「受容、寛大さ、忠実、信頼、率直さ、献身、そして疑いのない無条件の愛、これらはすべて人間に汚染されていない、犬の純粋な類縁であるオオカミの仲間の特質である」 これはオオカミの仲間に対するふるまいを表現している。私たちが犬を愛するのは、彼らが私たちに対してこのようにふるまうからだ。

2014年11月24日月曜日

『ギヴァー』と関連のある本 106



9月から10月にかけて、犬をテーマにしたブック・プロジェクト★をしました。
きっかけは何だったのか、今は忘れてしまいましたが、インパクトのあったもの(ギヴァーとの関連のありそうなもの)を何冊か紹介します。

ギヴァーのコミュニティには、犬を含めて、人間以外の動物はいっさいいません。
その是非も考えさせられました。

ジョナスは、最後の方で、鳥の存在を知り、実際に鳴き声を聞いて、とても癒されたような記憶があります。ギヴァーのコミュニティには、鳥やその他の動物は戻ってくるのでしょうか?


1冊目は、かなり刺激的なタイトルの『ヒトはイヌのおかげで人間になった』ジェフリー・マッソン著です。(左の数字は、ページ数です。)

61 「人間と犬は非常に長い共生関係にある。犬は人間のために異変などを警告し、追跡と狩りの補佐を務め、生ごみを処理し、湯たんぽになり、子どもを守りつつ子どもの遊び相手になった。人間は犬に食べ物と安全を与えた。その安定した関係は10万年→1.5万年ほど続き、完新世に相互家畜化の域に達した。人間は犬を家畜化し、犬は人間を家畜化したのである

63 私はもっと深いところで人間に影響を与えたと考えている。愛情、親しみ、友情を感じる私たちの能力は、犬のおかげで発達したのではないだろうか

86 同情と共感、素朴な友情と交友の喜びはいつしか深まり、なくてはならない存在になって行った。私はそれを愛と呼びたい。
87 犬が人を人間にした。愛し、共感し、信頼し、遊び、謝り、ある意味では意思を伝えることまで、非常に大切なことを犬に教えてもらった。少なくともその能力を高めてもらった。

101 人間は言語や人種、宗教、民族、収入、教育、社会階級などの違いによる隔たりをいまだになくせずにいるが、犬となら隔たりを越えられた。私たちは新しく望ましい方向を犬に教えてもらっているのである

131~8 人と犬がたがいに学んだこと
     寛容さ
     やさしさ
     好奇心 ~ 新しいもの好き
     パートナーシップ
     思いやり
     従順さ
     援助
     笑い

 このリスト、すごいと思いませんか??


★ テーマや作家などでたくさんの本を読み漁ることです。

2014年11月21日金曜日

『ギヴァー』と関連のある本 105



『バーバパパのはこぶね』アネット・チゾン&タラス・テイラー

30年ぶりぐらいで読みました。
子どもが小さかった時に、読んだのを思い出しました。
地球の人間たちがあまりにひどい(主には公害)ので、動物たちがバーバパパたちに連れられて、緑の星に移住してしまいました。
その後、人間たちは改心してきれいで、緑が多く、水もきれいにしたので、みんなで地球に帰ってきて、幸せ幸せ、というお話。

ノアの箱舟も思い出させてくれます。

そして、『ギヴァー』も。

ギヴァーのコミュニティには、動物たちは一切存在しませんでした。
(そこを出たら、鳥に遭遇しましたが。灰色の世界なので、花や木々もあってもないようなものです。

はて、バーバパパが存在しないギヴァーのコミュニティでは、幸せ幸せになるでしょうか?

バーバパパたちはいなくても、動物たちは戻って来るのでしょうか?

2014年10月21日火曜日

『なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか』3



3回目は、人道主義、市民が主役、適正規模がテーマです。

73 慈愛心と人道主義が社会の原理

28 市民がつくり出すエネルギー  機器を世界に売る



52 必要ない無駄に経費をかける必要はない。信頼関係で成り立っている国。スケール

 この旅をする人の多さは、私自身、東南アジアや南太平洋を旅している時に、北欧やオランダ人の多さには驚いた記憶がありました(もう、30~40年前の話ですが)。
  日本人やアメリカ人と違って、よく世界を見ていると思いました。ほとんど若い人たちでした。

2014年10月17日金曜日

『なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか』 2



2回目は、日本には希薄にしか(表面的にしか)存在しない民主主義について、です。
『ギヴァー』のコミュニティは、この点についてはどうなんでしょうか?

31 民主主義と国民の幸福度は比例する
32~34
(コピーをクリックすると拡大します)



84 地方自治なくして民主主義国家はありえない
    中央政府になびかない国民性 ~ 日本は残念ながら逆?
87~88




92~94 封建時代が生きている日本

2014年10月16日木曜日

『なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか』



 サブタイトルは、「どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか」で、著者のケンジ・ステファン・スズキさんは、日本からデンマークに移住した人。



80年代の半ばからオランダやスウェーデンとコンタクトを取るようになって、これらの北欧の国々がアメリカなどもはるかに及ばない成熟社会を形成していることか、と感心していたのですが・・・・その根拠になっているいくつかの理由を説明してくれています。

 すべてが、日本(と『ギヴァー』のコミュニティ)を見る鏡みたいなものです。

1回目は、教育について、です。

21 デンマークの学校教育
       (コピーをクリックすると拡大で読めます。)

22 することがこわいからです。デンマークで教育を受けた人たちは、仮に失敗したとしても、その本人をとがめる心性を持っていません。失敗をとがめる以上に、なぜ失敗したか、その過程を分析して対策を練り、新しい方法や制度を生み出していくことに努力を傾注していきます。

67 「サバドー」という素敵なモラトリウム
 自分の知らない世間を知りたい、未知の体験をしてみたいという気質はデンマーク人の若者たちの間に受け継がれています。一定の年齢になった若者が国内外を放浪して社会経験を積むという伝統がデンマークにはあります。
 もともとはキリスト教の安息日サッバスから来た言葉とされていますが、たとえば高校を卒業した学生が、大学や専門学校に進学する前の半年間とか1年間、あるいはそれ以上の期間を、定職に就かず、大学にも行かずアルバイトで生活費を稼ぎながら、国内外でさまざまな社会体験をするのです。
 先ほども紹介しましたが、デンマークには日本のような大学入学の試験制度がなく、高等学校の卒業資格(成績)がそのまま大学への入学資格になっていますから、卒業資格さえ持っていれば
68 

2014年10月14日火曜日

『無のグローバル化』ジョージ・リッツァ



iiix  日本語版序文

                   (コピーをクリックすると拡大します)

4 社会、とりわけ消費社会は、ますます無によって特徴づけられている。ここでいう「無」は特有な実質的内容を相対的に欠いており、概して中央で構想され、管理される社会形態を指す。

6 クレジットカードはほとんど、あるいはまったく無である。

15 存在と無の連続体の4つの主要な下位類型(およびその例) 表 ★ コピー



16 映画による例証:  『ストーカー』(One hour photo) ~ 必見!!

38 存在と無の連続体とその5つの下位連続体  表 ★ コピー



276 無および無の蔓延の肯定的側面 ~ 利点があるから普及している!!
   ・       かなり安価である
   ・       利便性
   ・       効率的
   ・       とてつもない豊饒

278 無の蔓延の否定的側面

と、以上は本の内容紹介でしたが、『ギヴァー』のコミュニティには、クレジットカードやファーストフードはないのに、無が蔓延している感じがします。 
それは、人間の関係性が希薄だからでしょうか? 経済活動が存在しないからでしょうか? それとも、魅惑させるものが存在しないからでしょうか? 誰にも主体性というものがないからでしょうか?

2014年10月13日月曜日

『マクドナルド化と日本』G. リッツァ



16 マクドナル化の4つの原理


            (コピーをクリックすると拡大します)

 36 これらは、どちらかというと便利で、ポジティブな面。
   一方、徹底化されていくと逆に合理性の非合理性という面が出てくる。
   これが5つ目のマクドナルド化現象の特徴。ネガティブな面。
   ここでは、非人間的、反人間的な面が出てくる。
   人間が、オートメーションの上に乗って動いているような形で、非常に表層的な人のつながりとか人間関係の中で動かされていく。道路の混雑。環境破壊など、波及的な非合理性の面が出てくる。

2014年10月9日木曜日

『アグルーカの行方』


『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』角幡唯介著を読みました。
知っている人がほとんどのブッククラブで取り上げられた本ということで。
また、冒険物は結構好き、ということもあって。

それにしても、乗組員全員を救出した同じイギリスのシャクルトンとは、まるで逆さまです。

ちなみに、アグルーカとはエスキモーの言葉で足幅が広い人という意味で、からだの大きな白人のことを指しているようです。

『ギヴァー』と関連するところは、





このドキュメントは、フランクリン隊が絶滅した後を実際旅した記録です。
よくやるな~、の一言です。

2014年10月1日水曜日

『ギヴァー』と関連のある本 105



エリン・キーン著の新刊『理解するってどういうこと?』です。

「理解するってどういうこと」なのかを教育現場という状況の中で、徹底的に迫る努力をしているのがこの本なわけ(扱われている理解の種類=各章の内容は、以下の通り)ですが、それは『ギヴァー』も同じではないかと思うのです。


究極的には、理解してしまったら、アクションしかないわけで・・・・
でも、通常の生活も、ましてや教育では、そこまで期待しないでいいのでしょうか?

日本では、アクションを起こすことは政治的ということで葬り去り、まったく期待しないことが教育と捉えられている節があります。
学校や大学にいるときに、その練習をしませんから、卒業してからもできないままが続いてしまっている気がします。

ギヴァーのコミュニティでは、ジョナスが極めて特殊な存在であるのと同じように、日本社会においても、自分で考えて、理解と判断をベースに行動を起こせる人は極めて稀な存在であり続けるのでしょうか?

この理解することと行動すること以外に、『理解するってどういうこと?』で繰り返し強調されることには、以下のようなものが含まれます。
     メンターないしモデルの大切さ ~ いいモデル(見本)やメンターの存在でこそ、理解が促進され、行動も起こせる!! 学校にも、社会にも欠落しているのが日本であり、『ギヴァー』のコミュニティ?? モデルを示す立場にいる人は、どのような生活を送ることが求められているのか?
     中世の暗黒時代と同じような教育をやり続けることから脱して、知的好奇心旺盛なルネサンス人を育てることの大切さ
     ありきたりの答えよりも、問いの大切さ ~ いい質問というか、ラディカルな質問が満載の本です。質問からしか、行動は起きないのではないかと思うぐらい。ちなみに、日本の本でいい質問を見かけることはないと思いませんか? 学校や大学と同じで、「質問社会」ではなく「答え社会」になっているんじゃないでしょうか。
     理解したり、考えたり、もがいたりするために、どういう接し方や問いかけ方/話し方が求められているのか
など、『ギヴァー』との接点で考えさせられることは多様に、しかも具体的にあります。
(これらについては、RW&WW便りのブログフェイスブックで紹介していきますので覗いてください。)

 以下は、出版社が作ってくれたチラシです。



一言でいうと、日本の教育をよくしたいという強い思いで、山元隆春さん(広島大学)と訳しました。

そのために、量的に500ページ以上/4千円ぐらいになってしまう本を、かなりコンパクトにして、448ページ/2200円+税に抑えました。★

しかも、この値段が訳者に直接注文していただくと、さらに安くなります。なんと、2割引(税込み)1900円です。これだけの内容の教育書を、こんな料金で買えることは、これまでにも、これからもないと思います。
 ちなみに、送料は、1冊 350円、2冊 460円、3冊~9冊 一律500円、10冊以上 無料です。

 注文は、名前、住所、電話番号、冊数を書いて、toUnderstand.jp@gmail.comにお送りください。

 この本の中でも繰り返し紹介されている「理解のための7つの方法」(=①関連づける、②質問する、③イメージを描く、④推測する、⑤何が大切かを見極める、⑥解釈する、⑦修正しながら意味を捉える)を使ってぜひ読んでいただき、感想や実際にやってみようと思ったことなどをお聞かせください。


★ なぜ、こんな値段が実現したのか? 
最初は上下2冊の分冊で、それぞれ2千円ぐらいで、とも思いました。しかし、分けられる内容かという議論があり、1冊でいくことになりました。次は、値段の問題です。私自身、これまでに2200円以上の本は出したことがありません。それ以上の本は、本だと思っていないところがあります。自分で買いませんから。そこで、山元さんと決断しました。2年間で初版が売れなかったら、売れ残りは買い取るという条件にして、値段を下げてもらう、です。
ということで、ぜひ本の紹介・普及にご協力ください。よろしくお願いします。
  (自分が買う代わりに、図書館や友人・知人に購入してもらうことも含めて、です。)