『日本史との出会い』があまりによかったので、「ちくま少年図書館」を継続して読んでいます。今回紹介するのは、彼これ30年前に読んだことのある『ひとが生まれる』(鶴見俊輔著)です。
なぜ読んだかというと、30年ぐらい前に数年間、田中正造に入れ込んでいた時期があり、彼に関する本を全部読んだことがあったのです。あまりの入れようで「全集」まで購入しましたが、それはまだ一部しか読んでいません。
「人間はいつ自分になるのか。
人間は、生まれた時に、いきをする。手足を動かす...そんなふうにして、なんとなく私たちはことばを覚え、人間としていろいろなしぐさを覚えてしまう。それでけっこう暮らせる。
ところがそのうちに、なにか変なことが起こる。いままで自然に覚えたことでは、どうにもそこをこえられない。
今まで自分にそなわった力では、それとかくとうしても、組みふせることができない。そういう恐ろしさの中から、あたらしい自分が生まれる。
そういう自分の誕生の時は、生まれてから何年目にくると言えない...
自分が、どういう時代のどういう世の中に生きているのかというふうに、自分を社会の中の一人としてとらえることが、いつある人にとって起きるかには、いろいろな場合がある。だが、人間が、隣の人と違うからだとこころをもって個人として生きているからには、社会の中の一人として自分をとらえる時が、いつかは、やってくる。」(はじめに)
まさに、ジョナスにもギヴァーとの出会いによって、12歳か13歳でそれがおとずれました。
鶴見さんが自分自身の誕生の記録(記憶?)に残っている5人として選んだのは、田中正造以外に、ジョン万次郎、富岡製糸工場について書いた横田英子、関東大震災直後の朝鮮人、社会主義者、無政府主義者たちに対する弾圧によって獄中で自殺した金子ふみ子、学徒出陣で徴用され1945年7月28日に四国沖の偵察飛行中に通信を断った林尹夫です。
すごい人選です。 『日本史との出会い』に引けを取らない。
ところで、ジョナス(ギヴァーになる人)以外のコミュニティの人たちには、この二度目の誕生はあるのでしょうか? ない方が幸せとも言えるのでしょうか?
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