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2010年6月2日水曜日

仏教の「色」

以前(4月12日)、仏教について書いたときに、「色」も登場していましたが、その時は気がつきませんでした。何に焦点を当てているかで、見えるもの/受けるとるものはまったく違うのですね。

昨日のKさんの感想/紹介文に仏教の中の「色」について書かれていたので、ネットで調べてみました。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2053526.html

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=117012496

五蘊(ごうん)

 人間を中心に五つの集まりからなっているという意。五つとは、色・受・想・行・識が互いに関連し囚われているという。

 色=私たちの身体、それに関連するすべての環境をいう。ものともいう。
 受=感受すること。つまり楽と感受し、苦と感受し、捨と感受する。これを三受といっている。
 想=知覚すること。また知覚したものを表す働きでもある。
 行=為作すること。思うことである。これには意識が加わってくる。
 識=了別する、弁別する働き。つまり意識活動をいう。

 要するに、色は自分の体を含めた、すべての外界環境をいい、受・想・行・識は、それらのものを受け入れる内部環境(つまり、心)をいう。

十二因縁(じゅうにいんねん)

 縁起の教えは、通常十二因縁といわれる、三世(過去・現在・未来)を通して起こる因果の道理を、社会・人生の基本としています。この十二因縁にはいろいろな説があるが、おおよそ次の通りです。

 「無明に縁って行あり、行に縁って識あり、識に縁って名色あり、名色に縁って六処(入)あり、六処(入)に縁って触あり、触に縁って受あり、受に縁って愛あり、愛に縁って取あり、取に縁って有あり、有に縁って生あり、生に縁って老死などの苦が生じる。

 無明の滅に縁って行滅す、行の滅に縁って識滅す、識の滅に縁って名色滅す、名色の滅に縁って六処(入)滅す、六処(入)の滅に縁って触滅す、触の滅に縁って受滅す、受の滅に縁って愛滅す、愛の滅に縁って取滅す、取の滅に縁って有滅す、有の滅に縁って生滅す、生の滅に縁って老死などの苦が滅す。」

 釈尊は現実苦のもとを正して、理想的さとりの世界を教えられた。この十二因縁は、現実苦を肯定的に見て、その因を正す方法と、それを否定(滅)して、さとりの世界を教える方法をとっている。

1.無明 ~ 真実の道理にくらい無知なるもの、知情意が円満にはたらかないもの。
2.行 ~ ちから、はたらき、意思的活動。
3.識 ~ ものを判断するはたらき、知的活動、眼耳鼻舌身意の感覚活動。
4.名色 ~ 名はすべての活動、色は物質、もの。
5.六処 ~ 眼耳鼻舌身意の六根、あらゆる対象(境)を受け入れる場所、六入。
6.触 ~ 色声香味法などの境(対象)を六根の感覚器官が受け入れ、意識によって統一するはたらき。
7.受 ~  外のものを受け入れる感覚感情。
8.愛 ~  渇愛、貪り求める力、財産・色欲・食欲・名誉・睡眠などの五欲の愛。
9.取 ~  固執する、誤った見解に囚われる。
10.有 ~  生きる、生存、欲・色・無色の三界に生きる。
11.生 ~ 生まれている、この世に生まれたこと。
12.老死 ~ 老衰し死滅すること、迷いの人生。
      (出典: http://homepage3.nifty.com/zazen/yougo.htm

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