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2022年10月23日日曜日

日本の皇室でもスリム化ということはあるのだろうか。

 ないと、いろいろな意味でゆがんだ日本社会が続くことを意味するでしょう!

 

 これは、「ヨーロッパでは「王室のスリム化」が潮流になっている」

https://news.yahoo.co.jp/articles/f4a63093d2df226967df9d69056db5a346d22d1e

の最後の問いかけと、その答えです。

 

 しかし、現実は、その「ゆがみ」を維持したい人たちによってスリム化は阻まれるでしょう。極めて悲しい(悲劇的な)ことですが。

 

2022年10月10日月曜日

責任ある意思決定 と アカウンタビリティー(結果責任)

 直近2回のブログに書いたように、アカウンタビリティーの訳し方は、過去10年ぐらいの私のこだわりの一つです。「説明責任」と訳し/捉え続けて行動し続けることは、物事を悪くはしますが、よくしないことが明らかだからです。

  次の文(『成績だけが評価じゃない!―感情と社会性を育む(SEL)評価(仮題)』(新評論、近刊)を訳している中の1節を読んでいて、繰り返し起こる政治家(や経済人)の「説明責任」問題を思い起こしてしまいました。

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 第4章 責任ある意思決定を教えて、学びに対する生徒のオウナーシップを高める

  責任ある意思決定を教えることは、学びに対する生徒のオウナーシップを高め、自分たちが教えられることやその方法について、生徒にエイジェンシー文部科学省は、「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく姿勢・意欲」のことだと説明しています。以下のサイトで分かりやすく説明されています。https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=agency と https://jp.churchofjesuschrist.org/2014-feb-04?lang=jpnを与える一つの方法となります。

多くの生徒、とくに低学年や思春期の生徒は、自らが決めたことがどのような結果をもたらすかについてあまり考えていません。考えの至らなさは成長期においてよく見られることですが、学校において起こる問題や課題の原因となってしまいます。だからこそ、それが良いことだろうと悪いことだろうと、生徒が自らの選択結果について認識できるようにする必要があります。

 CASELは、「責任ある意思決定」について次のように定義しています。

さまざまな状況において、個人の行動や対人関係について思いやりのある前向きな選択をする能力のことです。これには、倫理的な基準や安心安全に関心をもち、個人や社会、集団の幸せのために、さまざまな行動の利点とその結果を評価する能力も含まれます。[参考文献10

 形成的評価と総括的評価の観点からこの定義について考えれば、このスキルを授業に盛りこむ必要性がより理解できるでしょう。たとえば、ある生徒が授業をサボって形成的評価を受けるという大切な機会を逃してしまったら、その学年で期待されるレベルよりも遅れてしまい、その後、追いつくのにこの生徒は苦労することになります。また、グループで行うプロジェクトのなかで、自分に与えられた役割に関する探究を進めず、放課後に何時間もゲームをしている生徒がいたらグループ全体の成績が下がり、メンバーの関係が悪くなるかもしれません。

責任ある意思決定のスキルを授業に取り入れるだけではなく、形成的な学習経験を通じて、生徒自身が学びをコントロールしたり、責任をもって判断したりするためのスキルが練習できるといった機会を与えなければなりません。

意思決定の能力は生まれつき備わっているものだと思われがちですが、そんなことはありません。モデルとなるもの(それが明示されている、いないにかかわらず)から学ぶにせよ、自分自身の経験から学ぶにせよ、意図的に意思決定を行うことで私たちは、自分の人生をより上手にコントロールできるようになるのです。

まちがった判断によって実際に大きな問題を生徒が起こしてしまう前に、悪い行動の結果が理解できるようになるとどれだけ素晴らしいか、想像してみてください。たとえば、生徒やその家族の心の痛みや、何かを失ったときの辛い気持ちを軽くすることができます。また、教室の内外で自分の学びについて積極的に適切な判断を下そうとするので、より良い教育や学びが生まれる雰囲気をつくりだせます。

より良い意思決定によって生徒のエイジェンシーが高まるといった環境であれば、生徒は必要としているものを示せますし(第2章で述べた、自分の必要とするものを主張する力であるセルフ・アドヴォカシーです)、それによってどのように学ぶのか、どのように評価されるのかについて、自らコントロールするようになります。

 より適切な決定をしたり、それによって自分や周りの人たちに対して、マイナスではなくプラスの影響を与えられるような機会が毎日どれくらいあるかについて考えてみましょう。この章では、生徒がより良い決定ができるように手助けをすると同時に、その決定や決定の結果として、学びへの影響について振り返るための十分な機会を提供する方法に関して探っていきます。

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  要するに、「説明責任」問題は、私たちの学校教育でやれていないことが、社会に出てから(それも、リーダーのポジションにいる人たちによって)噴出し続けているという問題なわけです。

 責任ある意思決定とは裏返しのアカウンタビリティー(結果責任)とは、それほど大事です! 後者を「説明責任」と訳しかつ扱っている限りは、間違ったことをしてもなんとも思わない政治家たちを野放しにしておくだけです。マスコミは、このことを理解して報道したり、教育現場がすべきことを提案してほしいものです。そしてもちろん、教育に直接かかわる(保護者を含めた)人たちは、この本を読んでまずは自分たちから実践していくことが大切です。

 たとえば、https://twitter.com/k0ccyak015sa1/status/1312113733095706624 のようなことを続けないようにするために!