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2019年2月12日火曜日

『牧野富太郎 ~ 私は草木の精である』渋谷章


控えめに、『ギヴァー』と間接的に(?)関連のある本として紹介します。それも、もう64冊目になります。
牧野富太郎の存在をたまたま、テレビのドキュメンタリー番組で知りました。
私たちは、野口英世は学び(学ばされ)ますが、牧野富太郎について知っている人はどれほどいるでしょうか? そして、偉人伝では、何をどう(どこまで)知るのかも決定的に重要なのですが、その辺について、紹介する側はどれだけ考えているのでしょうか? この点については、http://wwletter.blogspot.com/2019/01/blog-post.htmlは決定的に重要な気がします(が、日本の教育からはほとんど丸ごと抜けていると思います)。

図書館で借りられる牧野富太郎関連の本を読んでみた中で、一番ピンと来た本が『牧野富太郎 ~ 私は草木の精である』渋谷章でした(左側の数字はページ数です。『ギヴァー』との関連で抜き書きしました)。他によりよい本をご存知の方は、ぜひ教えてください。

12 (神秘的/不可能とも思える彼の存在は、むしろ当然なことであることがわかる、)そして何よりも牧野富太郎の人間的魅力がその中心にあることに気が付くことだろう。さらにその魅力の中心には、一つのことに情熱的に打ち込んだ人が例外なくそうであるように、熱心さと集中力、それに自分自身を裏切らない誠実さがあることにも気が付くことだろう。牧野富太郎の生涯は、単なる植物学者の一生でもなければ、一愛好家としての一生でもない。彼の生涯をたどることによって“絶対の探求”を身をもって示し、自分に与えられた生を一つのことだけに費やした人間の本質と実在を明らかにする貴重な経験をすることになるのである。
13 明治維新に幼年期を過ごす ~ 日本は新しく生まれ変わろうとしていたのある。こうして牧野富太郎は何もかもが新しくなった日本で、一生を送ることになったのであった。
14 当然ながら植物学の世界にも時代の波は押し寄せてきた。しかしながら新生日本の植物学者はどのような生涯を送るべきかということを牧野富太郎以前に身をもって示せた人間はまだ一人も居なかった。そして牧野富太郎にとって、もしこのような見本が必要であるなら、彼自身がそうならなければならなかった。そのため牧野富太郎は自分の価値観、世界観に従って自分の生涯を決定しなければならなかったのである。肩書も資格も、彼は必要とはしなかった。だから彼は全く自由な立場で生涯を送ることが出来たのであったそして、これが彼の生涯を通しての立場でもあった。

24 伊藤塾での体験 ~ この塾では、町人の出身者は下座の者とされ、士族の子である上座の者に礼儀を尽くさなければならなかった。この身分の違いだけは牧野富太郎の努力でも覆すことが出来なかった。彼の学力には、上座の者も一目置くほどのものがあったにもかかわらず、彼が上座の扱いを受けることはなったのである。おそらく牧野富太郎が生涯にわたって権威や肩書というものを必要以上に避け続けた背景には、少年の頃伊藤塾で体験しなければならなかった自分というものへの不信感が秘められていたことだろう。(中略)牧野富太郎はこのような大人の世界を絶対に許さなかった。

28 彼の本格的な勉強は、小学校をやめたからこそ始めることが出来たといってもよいからである。これ以後、彼がとった勉強方法は独学であった。これは場合によっては最も苦しい勉強方法であると同時に、最も楽しい勉強方法でもある。場合によっては最も不安な勉強方法であると同時に、最も自信にあふれた勉強方法でもある。場合によっては最も危険な勉強方法であると同時に、もっとも効果のある勉強方法でもある。ただはっきりしていることは、本当に自らすすんで勉強をしようと思っている人にしか、この勉強方法がとれないということだ。牧野富太郎が小学校をやめたのは、そこで学問が行われていたためではなく、学問が行われていなかったためであったことは明らかであろう。

32 生まれながらの教師 ~ 良い教師というものは、決して生徒に自分の知識を押し付ける指導はせず、生徒自身があこがれるような見本をもって示し、自分の専門については非の打ち所がない知識をもっていなければならない。
33 牧野富太郎は、佐川小学校で良い教師だった。以前、この小学校で(生徒として)不愉快な思いをしたことがある彼は、悪い教師というものがどのようなものかということをよく知っていたからである。かつて生徒の立場から厳しく教師を批判していたのに、今度は彼が批判される立場となった。彼は教師の立場ではなく、生徒の立場でいつも考えるようになった。・・・教えること、そのものを楽しんだ。

43 彼には、植物に関することなら、どのような人からも、心から学ぼうとするだけの寛大さと情熱とがあった。そして知識を得る手段を書物だけに限定してはならないという反省も得た。植物を前にして、植物を知ろうという人々は、皆同じ価値があるのだ。<接し方の違いがない。>

52 学者の3つの顔: ①自分の知識と権威を認める一般人に見せる気さくで慈愛に満ちた顔と、②自分と同じ地位のものに見せる傲慢な顔と、③自分の地位を脅かす実力をもった者に見せる憎悪に満ちた冷酷な顔、である。

132 優秀な教育者とは、決して弟子を指導したり、知識を押し付けたり、自慢したりはしない。本人自身が身をもって示すことにより、他の人々に自らの意志でそのような人物になりたいという強い願望を、自分の力で押さえ付けることができないほど呼び起こせる人なのである。

191 植物をトータルの捉えようとしていた牧野富太郎!

213 彼の生涯と植物学の研究とを見て気が付くことは、彼自身の植物に関する知識への絶対的な自信である。彼は自分自身に誠実であったが故に、自分に一番適したことを知ることが出来たし、自分に一番適した生き方を選ぶことも出来た。そして彼自身、遺文が植物のことに関しては、この世界で一番詳しい人間であり、少なくともそのような人間になれることをよく知っていたのである。そのため、誰も牧野富太郎のことを認めなくても、彼は気にしなかった。彼は自分自身に対する自信が余りに大きかったために、他人の非難も、不幸な運命も、彼の自尊心を傷付けることは出来なかった。

2019年2月3日日曜日

『ギヴァー』と関連のある本 123


『漫画 君たちはどう生きるか』(原作・吉野源三郎、漫画・羽賀翔一)の中から、『ギヴァー』に関連すると思った箇所を抜粋します。

●ものの見方について
52ページ: いや、君が大人になるとわかるけれど、こういう自分中心の考え方を抜けきっているという人は、広い世の中にも、実にまれなのだ。(中略)たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけを見てゆこうとするものなんだ。
114ページ: 「あたりまえのこと」っていうものが曲者で・・・・・ひとつのわかりきったことを、どこまでも、どこまでも追いかけて考えてゆくと、ものごとの大事な「根っこ」の部分にぶるかることがあるんだ・・・・・

 ~ ギヴァーのコミュニティーも、日本社会も、「あたりまえのこと」だらけという感じがします。「根っこ」の部分を見ようとせず。

●真実の経験について
98ページ: 生まれつき目の見えない人には、赤とはどんな色か、なんとしても説明しようがない。それは、その人の目があいて、実際に赤い色を見たときに、はじめてわかることなんだ。――こういうことが、人生にはたくさんある。
 たとえば、絵や彫刻や音楽の面白さなども、味わってはじめて知ることで、すぐれた芸術に接したことのない人にいくら説明したって、分からせることは到底出来はしない。
 殊に、こういうものになると、ただ目や耳が普通に備わっているというだけでは足りなくて、それを味わうだけの、心の目、心の耳が開けなくてはならないんだ。
 しかも、そういう心の目や心の耳が開けるということも、実際にすぐれた作品の接し、しみじみと心を打たれて、はじめてそうなるのだ。
 まして、人間としてこの世に生きているということがどれだけ意味のあることなのか、それは、君が本当に人間らしく生きてみて、その間にしっくりと胸に感じとらなければならないことで、はたからは、どんな偉い人をつれてきたって、とても教えこめるものじゃあない。
103ページ: 世間には、他人の目に立派に見えるように、見えるようにと振る舞っている人が、ずいぶんある。そういう人は、自分がひとの目にどう映るかということを一番気にするようになって、本当の自分、ありのままの自分がどんなものかということを、つい、お留守にしてしまうものだ。

 ~ 実際に赤が見えたジョナスは行動を開始しました!
   私たちは心の目や心の耳は開いているでしょうか?
   学校や社会は、それらを実現するようにしているでしょうか?
   「しみじみと心を打たれ」る体験をどれだけ提供できているでしょうか?
   「本当の自分、ありのままの自分」を消す方向で機能している方のウェートの方がはるかに多くないでしょうか?

2019年1月11日金曜日

本を読ませない社会


「人類の歴史において、貴族の特権や神の戒律や軍隊規則をふりかざす独裁者、暴君、抑圧者たちには、アーリア人であれ、黒人や東洋人、アラブ人やスラブ人、あるはどんな肌の色の、どんなイデオロギーの者であれ、みな共通点がある。誰もが本を徹底して迫害するのだ。
 本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ。」

以上は、『アウシュヴィッツの図書係』からの一節(10ページ)です。

 『ギヴァー』やこのブログで紹介した『華氏451度』を含めたフィクションで描かれた世界も、現実の世界も、それを証明しています。
 『ギヴァー』のコミュニティーでは、ギヴァーのいる部屋以外には本はほとんどありませんでした。ジョナスは、それらを最初に見た時に驚いていました。
 いまの日本も、それに結構近い状況にある気がしないではありません。表面上の「自由」はあるのですが、学校教育でも、社会教育でも「選書能力」を磨くことを、殊の外、おろそかにしていますから、いい本=ものを考える本になかなか出合えない(意図的に、出会わせない)状況が埋め込まれているからです。
たとえめぐりあえたとしても、どこまで考えられるのかという部分が日本の国語教育(読解教育)では、極めて心もとないのです。

どういう打開策があるかというと・・・・講師やリーダーのいないブッククラブが一番いい気がしています。
 これなら確実に、ものを考えることを促すだけでなく、アクションも呼び起こします。
 仲間との読み合いの経験が増すと、一人読みでも同じことができるようになります。
 http://igasen.blog22.fc2.com/ の2018年の年末から2019年の年始にかけての『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の一人ブッククラブなど。

 でも、まずは2~5人ぐらいのブッククラブから楽しんでください。
 私自身は、常時、3~5つのブッククラブをしています。(全部メールないしオンライン上でのやり取りです。それなら、場所や時間を超越していますから、どこの人ともやり取りができます!)
 昨年の12月には、より実のある教育研修を提供することで課題を抱えている4つの県の指導主事(元も含む)の方々と、『ペアレント・プロジェクト』(ジェイムズ・ボパット著)を教員研修の視点から読み合いました。たくさんのヒントが得られました。
 一人では、まずこの本を読むところまで至りません。たとえ読んだとしても、読みの深まりや広がりを得るところまでは至りません。しかし、今回は5人で読み合ったことで、確実に教員研修の現実と可能性に引き寄せる形で読むことができ(教員研修の原則のようなリストを創り出すことができ)、さらには各人の持ち場でやれることがいろいろと見つかりました。
 このようなことを、最初から一人だけでやれる人を日本の国語教育を含めて学校教育では育てようとしているでしょうか?
 「いない」という結論に達してしまったので、それを確実に実現しているリーディング・ワークショップやライティング・ワークショップを紹介することにしたのでした!


2018年12月28日金曜日

日本と『ギヴァー』のコミュニティーの食事事情比較


「クリスマスケーキ 大量廃棄の実態 一日500kgがブタのエサに」というタイトルで、

ポイントは、「消費者は、食べ物を捨てているコストを、実は自分たちが日々負担しているということに対し、あまりにも自覚がない。人が作ったイベントに振り回されて、人と同じ食べ物を買う必要はない・・・消費者が、自分たちのお金が損すると自覚を持ってNOと言わない限り、『もったいない』を忘れた食品ロス大国の汚名は晴らせないだろう」ということ。

あなたは、どれぐらいの食品ごみを出していますか?

『ギヴァー』のコミュニティーでは、基本的にゼロに限りなく近いと思います。
個々人が毎日どれだけ食べているか、どれだけ残しているか、どれだけのごみをつくっているかを管理していますから。
私は、ギヴァーのコミュニティーのやり方を見習っているわけではありませんが、食品ごみはもう15年ぐらい家庭ごみとして出していません。すべて庭に堆肥として戻しています。


2018年12月26日水曜日

アラン・セイとロイス・ローリーの関係


アラン・セイについては、
https://thegiverisreborn.blogspot.com/2012/03/blog-post.html で紹介したことがありますが、もっと直接的な関係を、都丸さんが教えてくれました。

1994年、セイがカルデコット賞を受賞した折、同じく児童文学者のロイス・ローリーがニューベリー賞を受賞したため、お互いに自作に署名をして交換した。ローリーが日本語で署名をしたために二人は驚くべき発見をした。ローリーはリッチモンド大学のスピーチでその経緯を次のように語っている。


アレン・セイはなぜ私が日本語で署名できるかを訊ね、私は答えました。
111213歳の時に日本に住んでいたのよ。」
「それって何年?」
1948年、49年、50年。私は1937年生まれなの。」
「僕も。同い年なんだね。どこに住んでたの?」
「東京。」
「僕も。東京のどこ?」
「渋谷。」
「僕も!どこの学校へ行ってたの?」
「目黒。毎日バスで通ってたの。」
「僕は渋谷にある学校に行ってたんだ。」
「渋谷に学校があったの覚えてるわ。自転車に乗ってよく通り過ぎてたから。」
「(沈黙)あの緑色の自転車に乗ってたの、君?」


何と言うことでしょう、こんなつながりがあったとは!!!

これは、
からの引用です。

実際に、これが語られたというリッチモンド大学でのスピーチも確認しました。
http://amytaramasso.com/authorstudy/pdfs/Richmond_Speech.pdf の23~24ページにありました。
同じ時と場所を、東京の渋谷で共有していたというのは奇遇です。

なぜ、彼女のスピーチでセイとの関係に触れていたのかというと、スピーチのテーマと関係していたのです。“In what way are we connected to one another?”(私たちは、どのようにつながり合っているのか?)

なお、スピーチのメインテーマは、“How do we know what questions to ask?” 私たちは、どんな質問をすればいいのかを、どう知ることができるのか?)でした。

そして、スピーチの最後は次のように締めくくられていました。
I feel very strongly that we should question our own beliefs and rethink our values every single day, with open minds and open hearts. We should ask ourselves again and again how we are connected to each other. And we should teach our children to do so, and not to turn away.
私は、自分の信念を問い直したり、自分の価値観を考え直したりすることを、偏見なく心を開いて毎日行う必要があると強く思っています。私たちはどのようにつながり合っているのかを繰り返し問う必要があるのです。そして、私たちはそれを子どもたちに教える必要があり、それから逃げてはなりません。

この彼女のスピーチの最後の部分は、まさに『ギヴァー』を通して彼女が読者に伝えたかったメッセージそのものであり、そして、https://thegiverisreborn.blogspot.com/2011/04/blog-post.html に書いたこととも同じと言えます。


2018年9月28日金曜日

明治維新の西郷・大久保の選択と、ジョナスの選択の違い



英雄たちの選択「明治維新 最後の攻防~西郷・大久保“革命”への賭け~」 NHK)をみました。

王政復古のクーデターから鳥羽伏見の戦いまでの25日間。慶応3129日、薩摩藩の西郷隆盛と大久保利通は、王政復古のクーデターを断行。しかし、その後、新政府を徳川慶喜主導のものにしようともくろむ土佐・越前などの諸藩が勢いを増し、慶喜排除を掲げた西郷・大久保らは孤立。しかし、その後巻き返して、鳥羽伏見の戦いに。

司会の磯田道史さんの2つのコメントがよかったです。
1)1,2,3,4と直線的に考える人と、1,2,3,100と飛躍的な思考ができる人の違いについて語っていた点。前者は、あの時代の圧倒的多数の人たち。土佐藩主山内容堂、福井藩主松平春嶽、そして、徳川家最後の将軍の徳川慶喜らであり、後者は大久保利通であり、西郷隆盛である。彼らの低い身分が、それを可能にしていた部分は、多分にある。
2)こちらの方がはるかに大きなインパクトがあったのだが、それは、明治維新を実現させたあの時の大久保と西郷の行為(戦うという選択)が、その後、第二次世界大戦での敗戦までの日本を宿命づけたような部分が、多分にあるということ。

この2つの点は、『ギヴァー』との関連を強く感じました。
1)ギヴァーからたくさんの記憶を注入されたジョナスは、コミュニティーを離れるという選択をしました。それは、これまでコミュニティーの住民には(ギヴァー自身も含めて)考えられなかった選択です。(そういえば、もう一人、ゲイブの母親のクレアも、コミュニティーを離れる選択をした人でした。)

2)ジョナス、ゲイブ、そしてクレアが行きついた、もう一つのコミュニティーは、ギヴァーのコミュニティーとも、大久保や西郷が考えたような国とも大分違うものでした。


2018年9月27日木曜日

『ギヴァー』と関連のある本 122



 それは、マーラ・フレイジーの2冊の絵本『村じゅうみんなで』と『この世界いっぱい』です。ギヴァーのコミュニティーというよりは、ジョナスとゲイブが移り住んだ先を描いているんじゃないかと思わせる絵本です。
 それは、ある意味では、ギヴァーのコミュニティーとは対極にある姿が描かれていると言えるかもしれません。
 ぜひ、読んでみてください。