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2023年12月25日月曜日

大谷選手のドジャーズとの契約が及ぼす影響

 金額面で脚光を浴びましたが、他にもいろいろと大きな影響があります。

・97%は後払い → 球団はその資金で、他のいい選手と契約できる。

・山本選手の勧誘をはじめ、積極的にチームづくりに貢献している → これは、ほとんど大谷が球団の経営に参画し始めたことを意味する?

・オウナーと編成本部長が役職を退くと、大谷は契約を破棄できる条項も含まれている → これは、これまで6年間のエンジェルズで学んだことの一つ。そして、まさにこれら3つによって、大谷選手はプレーイングマネジャーならぬプレーイング・オウナーになった!?

 3つ以外に、考えられるものはあるでしょうか?

 このような契約形態をとったことは、MBLに及ぼす今後の影響は絶大であるだけでなく、スポーツ界全体にも計り知れないものがあると思います。

 

 これを学校教育に応用すると、どういうことになりえるでしょうか?

まず、何よりも前回の「日大アメフト部問題」で書いた、学生や大学(ないしアメフト部)側との関係を契約制度にしていたらどうなっていたか、と考えてしまいました。そして、より一般的には、

・生徒と教師の関係も、契約関係で捉えられないでしょうか?

・教師と学校(校長)の関係も?

 現在は、こういったことが極めてファジー(曖昧)なので、関係者全員が成長することを阻んでいます。結果的に、学びの質も量も極めて貧困な状態が続いています。大谷選手が言ったように、「勝つために、チームが一丸となって最善を尽くす」ことが実現している学校を探すことは至難です(大谷選手は、それがエンジェルズではできないと判断して、離れました)。

もちろん、学校の場合は「勝つ」ことが目的ではなく、「子どもたちの学びの質と量を最大化」するためです。しかし、それには「教師(中心に、学校に関わる大人たち)の学びの質と量を最大化」することが不可欠です! このことを実現するために、上記の2点を真剣に考え始めなければ、学校教育がよく変わっていくことは期待できないように思います。

2023年12月23日土曜日

日大アメフト部問題

 禁止薬物を使っていた選手たちの責任は言うまでもありませんが、今回露呈してしまったのは、それに対する大学側の対応のまずさです。

 問題が分かった段階での対応、そしてその後延々と続いた後手後手の対応、最終的には廃部で一件落着と思いきや、時を経ずして新アメフト部の創設のニュースと、社会を驚かせるニュースのオンパレードが続きました(まだ、過去形ではない可能大です)。

 日大という組織が抱える問題は明らかですが、そのなかでも、これら一連の騒動の過程で、学生たち(みんな20歳以上? 少なくとも18歳以上で選挙権をもっている!)の声を反映させようとする意志のなさに驚きます。ほとんど幼稚園児扱いというか、小学生扱いレベルです。

 学生の問題行動には、『生徒指導をハックする』を参考にしてほしいと思います。

 これだけの問題から、関わった人がスキル面で何も学べないとしたら、教育機関であること自体をやめるべきですから。

 ちなみに、欧米の大学ではもちろん、高校以下でも、今回の問題は起こりえません。その理由は、シーズンごとにスポーツが違うので、4年間(ないし3年間)一つの部で過ごすということがないからです。3か月ほど(事前の練習期間も含めると、長くて4か月程度)一緒にいたら、その部は翌年までお休みです。選手たちは他のスポーツをするか、アルバイト等をするか、勉強や趣味に生きるか選択肢があります。少なくとも、日本のように年間を通して縛られるようなことは考えられません。先輩後輩の関係もできません。

 さて、どっちの方が健康的でしょうか? あるいは、今後のためにどういう方向性を目ざせばいいのでしょうか? 現状のまま、衣替え程度の変化では、また何年か後に同じような問題が起こることは、いまから見え見えです。

2023年12月21日木曜日

岸田さんの最大の罪

 3か月近く前に「安倍さんの最大の罪!」を書きました。

 岸田さんについては、すでに1年ぐらい前から首相であることが最大の罪、と思うようになっています。

公式会見や議会答弁やぶら下がり取材でも、何を言いたいのかサッパリわからない状態が続いています。残るものが一つもないのです。★

ダラダラとよくしゃべりますが、聴く人に伝わる形では話せているとは思えません。(おもしろいのは、記者たちは、その要点をうますぎる形でまとめて、岸田さんはこう言っていたと言ったり、書いたりするので、そうかと思わされるのですが、本人が本当にそう言っていたのか、言った記憶があるのか、ましてや本気でする気があるのかは別問題の気がします。しかし、聴ける人には聴こえているのかもしれません! 私に岸田さんを聴く耳がないだけで。)

★いま興味をもっている「ストーリー」の大切さの観点からは、彼はストーリーを意識していないことだけは確かな気がします。場当たり的に思いつたことをダラダラと話すだけで。言っている方は、その気になり、聞いている方も、その気にさせる。しかし、中身はまったくない!

 ここからは、岸田さん個人の罪ではありませんが、自民党という集団というか体質の罪なのかもしれないと思うことを、ストーリーに関連づける形で考えてみます。

 いま世を賑わしている「パーティー券」問題です。これは、説明責任の問題などではなく「結果責任」の問題です。自分が政治家の資質を持っていないことを、世に知らしめてしまった、という問題です。自認ないし強制的に辞めさせる以外の選択肢がない。

 このことに関わった人たちは、そういうストーリーを自分が描き出している(実演している)という意識がなかっただけです。結果的には、あまりにも悲惨というか、犯罪的なストーリーでしかないのですから。

 岸田さんも、この犯罪的なストーリーに対して、まったく別なストーリーを提供するチャンスはもっていたのですが(自分も片足というか、両足を同じ問題のなかに入れていたので?)そういうストーリーを野党に対しても、国民に対しても示す選択をしませんでした! 私たちは、常にどういうストーリーを紡ぎ出すかの選択肢はもっているし、それを使うかどうかの判断もしている、ということだと思います。こういうこと、日本の教育のなかでは教わる/扱っているでしょうか?

2023年12月20日水曜日

テレビドラマ「ザ・クラウン」

 6シーズンに分けて放映された、その一番最後が『ギヴァー』の大きなテーマの一つである「記憶」と関連していたので紹介します。(そういえば、このドラマ全体が「記憶」で書かれていたことは言うまでもありません!)

青年期はクレア・フォイ(シーズン1~2)、壮年期はオリヴィア・コールマン(シーズン3~4)、そして老年期はイメルダ・スタウントン(シーズン5~6)の3人の女優によって演じ分けられていました。

 シリーズ6の最後は、チャールズ現国王のカミラ夫人との再婚式があった2005年頃に設定されていました。このころ自身の即位50年の記念式典があり、死んだときのために「プロジェクト・ロンドンブリッジ」の名の元、どのような式典にするかが計画されていたこともあり、自分の過去と王家の未来について考えることが多かったのでしょう。

 設定としては、息子チャールズの再婚式で自分が書いたスピーチを読むというものでした。その内容を書くために、現女王が過去の二人の女王と対話するというおもしろい形で描かれていたのです。壮年期の女王は、「もう年なんだから息子に王位を譲っては」と説得します。現女王は、それに納得し、王位継承を宣言する旨スピーチに書き込みます。しかし、青年期の女王は、「あなたは死ぬまで女王であるべきよ」と説得します。結果的に、現女王は青年期の女王のアドバイスを選択した形で、スピーチ直前に王位継承宣言の部分を削除しました。

 

 記憶がない(記憶の存在を許さない)ギヴァーのコミュニティーでは、このような一人の人間のなかでのやり取りもないことを意味しています! (それはそれで、いいことなのでしょうか?)

 

 一方で、このようなドキュメンタリータッチのドラマがつくられ、放映され、そして全世界で見られてしまうのがイギリス(そして、イギリスの王室)なのだな~とも思わされました。日本では、あと何十年、何百年かかるでしょうか?(日本の王室はおもしろくもないので、ドラマにもならないのかもしれませんが。知らされていないだけで、たくさんのおもしろいストーリーがあるのかもしれません。)