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2011年7月5日火曜日

科学者はどう考えるか 3

パターン

29 ここでは、新発見とは、すなわち期待したパターンからのはずれに出会うことである。新発見があると、理論家は、より広く包括的なレベルで、再びパターンを見出さなければならない。よい音楽をつくることだって、聞き手と一緒に理論づくりのゲームをすることだといえるだろう。われわれはパターンによって生活している。

フィードバック

 ここでは、とてもわかりやすいフィードバックの事例を紹介してくれています。(私たちが日常、誰に教わるのでもなく使いこなしている事例を)

88 友だちやその子どもたちと一緒にピクニックに行く。
   海が見渡せる絶壁のてっぺんで、昼食の用意をしていたら、棒で遊んでいた二人の子どもが崖ぷちすれすれのところにいる。落ちた棒が拾えないかとしているのだ。それを見たあなたは危険だ、と思った。子どもたちにかけよって手を伸ばす。のばしながら考える。子どもを驚かしてはいけない。叫んだりせずに平静に言おう。「サンドイッチが並んだよ。おいで、食べようよ」
89 子どもが崖のふちではねまわっている。惨事がおこりそうだ。それを見てひるむ。子どもが今のままいったらどうなるか。想像力は半歩先にいく。そのイメージはあまりに鮮明だ。結果は致命的だろう。あなたの体はひきつり、後ずさりする。
   もちろん一瞬の後、創造した未来を変えるために行動をおこす。叫ぶために息を吸い込み、腕を大きく伸ばす。子どもを捕まえなければ! しかし想像力はもっと先を見る。子どもを驚かしたら、もっと危険だ。腕をひっこめながら「子どもを引き戻すより、むしろ呼び戻そう」と未来を修正する。想像力の描く情景によって行動を修正する。それによって心の中の情景をまた修正する。・・・・
   このように、行動と結果がお互いを修正しながら進む、これがフィードバックのパターンである。

93 1920年代になると、フィードバックの原理は、まったく違った方面に立ち現れた。ジョン・デューイの同僚だったジョージ・ヘルベルト・ミードによって創られた心理学の基本パターンとして。
  彼のこだわりは「言葉は、どんなふうにして人間関係の骨格として機能するのか?」「子どもはどんなふうにして言葉の使い方をおぼえるのか?」だった。
  自分の話を聞いてくれるのは<自分と違った他の人間>。いいかえると<他者>なのだということ。
  そして、その人の想像力が ~ 自分と一緒になって ~ 自分の言葉を完成するのだ、ということである。
  ミードはいう。<他者>という感じがはっきりしてはじめて<自己>という認識も生まれ成長する。そもそもの初めから<アイデンティティ>は言葉によって形づくられ、言葉によって焦点をむすぶ。
  子どもがいろんな人といろんな時に出会っては、個々に形づくってきた<他者>という観念は、あるとき急にもっと永続的で強力な何か、いわゆる<一般化された他者>になる。ミードのこの言葉はぎこちないし、広く使われはしなかったが、その意味するところは興味深い。<一般化された他者>とは、心のなかの標準として心のなかにイメージされている人々の集まりのこと。あるいは、自分の話を自分でもう一度聞きなおす能力 ~ これは簡単のようにみえて一番大切な能力である。
94 ものを書く人間は特に<一般化された他者>に敏感でなければならない。
 ← 以上からも、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことはとても重要なのですが、残念ながらいまの学校の授業では、あまりにも軽視(無視?)されすぎています。一つには、教師ががんばって話し続ける時間が長すぎますし、まともに書いたり、読んだりする時間をとっていません。

100 遺伝子の「メッセンジャー」

予言

137 天文学と物理学は、モデルつくり・理論つくり
139 ニュートンは数学を、天体力学を表現する言葉として発展させた。そして、やがて物理全体に広がった。

証拠

173 プラシーボ効果(偽薬の効果)
180 科学における技術の重要性

 本のタイトルや章立てからは、引用したり、メモしたところが偏っているかもしれません。(『ギヴァー』の視点で読んでいるのがその理由のような気がします。) 全体像をしっかりおさえたい方は、ぜひ直接本に当たってみてください。

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