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2013年4月6日土曜日

『子どもの文化人類学』 3



60 日本の本州の半分くらいの面積の土地に、350人。そのうち、0~10歳未満の子どもは、1962年の時点で、104人。30箇所以上に分散して、移動のテント生活をしている。 ~ わずか350人! 『ギヴァー』のコミュニティですら、3500人

62 父も、母も、そして子どもも、それぞれが気の合う仲間を求めている。
63 しかし、長続きすることはない。人間関係で我慢することをしない人たち。できない人たち。
65 チームで狩りをするのも、せいぜい10日ぐらい。

68 ヘヤー・インディアンの生活は、「はたらく」「あそぶ」「やすむ」に分かれており、「やすむ」ことが、最も大切なこととされているのです。守護霊との交信の時間。
 「育児」は、「あそぶ」に含まれる。
 「はたらく」ことよりも、「あそぶ」ことの方が楽しい。 ~ オーストラリアもそう。世界には「あそぶ」ことに優先を置いている人たちの方が多いのでは? 日本などが、特殊! 「はたらく」ことや「勉強する」ことにしか、生きがいというか、やりがいを感じられなくしている社会。 『ギヴァー』のコミュニティは??

70 ヘヤー・インディアンは、赤ん坊に対してさえも、「一個の独立した人格」として接しています。しかもその子どもの運命や将来は、その子自身できりひらくものであって、育て方によってその子の将来が決まるのだといった考え方をしないのですから、気楽なものです。 ← ある意味で、血縁関係にない『ギヴァー』のコミュニティもこれに近い?
71 表現をかえるならば、ヘヤー・インディアンは子どもたちの生態を観察することによって、人間について学んでいるのだともいえそうです。日本人の親の中には、「自分の子は、こうあってほしい」という願いが強いあまりに、かえって自分の子どものありのままの姿が見えなくなっている人があるといわれます。そういう意味では、子どもたちをあるがままに見ることの達人、ヘヤー・インディアンに学ぶべきとかもしれません。 → ギヴァーの場合は? 観察は長老たちが責任を持ってやっている??
72 おとなは子どもに対して、ひじょうに謙虚であるのです。そして対等なのですから、子どもに対して、へつらうこともありません。

79 子どもを生んだか生まなかったかということを超越して、気軽に養子をやりとりするヘヤー族の社会では、家族計画の思想や技術が導入されたとしても、「親となるか、ならないか」といったような決断は、人生に関係ない事項であるといえましょう。 ← 350人の数では、それは必然的にやらざるを得ないことでもある?

81 “良い仕事”と“悪い仕事”の区別は厳しく、だれかが何かを作ると、まわりの人間すべてが批評家となり、冗談の中に皮肉をまじえて酷評したり、からかい半分に称賛したりします。彼らは、直接にあからさまにほめたりくさしたりしない人びとで、ひねりにひねった表現で心をあらわすのです。 → 句会
82 5,6歳の子どもたちの間でも、“良い仕事”をしようという気持ちがたいへん強く、おとなやまわりの子どもたちの批評にもとても敏感です。
  ドンドン試して、いいものをつくっていく練習をし続ける子どもたち
83~4 自然のものがおもちゃ  → 日本もかつてはそうだった!! ギヴァーは? ぬいぐるみや戦争ごっこぐらいしか描かれていなかった? 他にも、幼稚園での遊びやアッシャーにまつわることでも紹介されていた? でも、遊びに関しては、日本並みでちょっと貧困な感じ。

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