トマさんが紹介知れくれたレオ・レオーニの『どうする ティリー』です。
レオ・レオーニの作品は、これに限らず『ギヴァー』のジョナス的な役割を主人公が担っているものが少なくないと思いますが、ティリーは大きな壁(それは、誰がいつ作ったものかわからない!)の存在をまったく意識しない他のねずみたちと違い、強く意識し、そして壁の向こう側に何とかして行きたいと強く願う存在です。ティリーは、クリシュナムルティが言っていた「絶えず探究し、絶えず観察し、絶えず学んでいる」存在でした★。実際に、仲間たちの協力も得て、のぼってみたり、くぎでさしたり、そして夜は眠らずに壁の向こう側の世界を夢見たりしました。
そんなある日、壁の近くでミミズが地面に潜っていくのを見かけました。「これだ!」とティリーは思い、夢中で穴を掘り始め(一人でというよりは一匹で)、そして壁の向こう側にたどりついたのです。壁の向こう側にも、自分の同じ普通のねずみたちがいました。そして、壁のこちら側と向こう側のねずみたちの交流が始まったというお話。
さて、ジョナスは自分がいたコミュニティと「よそ」との間の交流を作り出すことはできるのでしょうか?
★ これは、「探究のサイクル」であり、これができる人を「自立した探究者」ないし「自立した学習者」と言えると思います。残念ながら、これらも日本の教育の目標には掲げられていません。ですから、12年あるいは16年以上学校や大学で過ごしても、「自立した探究者/学習者」「自立した市民」は期待できない状態が続きます。ほとんど、ティリー以外のねずみたちを育てることが目的になっているかのようです。それこそ、『ギヴァー』で描かれている世界と言ってもいいかもしれません。
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